台湾伝統医学の視点から見た日本漢方医学
―国際シンポジウムでの発表から―
      宮崎瑞明(広州中医薬大学客員教授)

緒言

去る6月19日から21日まで第60回日本東洋医学会総会が東京・芝で、3000人を集めて開催されました。私は機会を得て、この大会の国際シンポジウム「世界から見た日本漢方」というセッションで、台湾伝統医学の視点から、「台湾伝統医学の発展を検討し、日本漢方医学の光と影を探る」というテーマで発表しました。私の発表を紹介する前に、今回のシンポジウムが開催に至った経緯を述べます。


一、日本漢方医学の現状

漢方医学は約1500年前、中国から日本に伝わり幾多の変遷を経て日本独特の気候や文化に合わせ、日本人に適した発展を遂げてきました。
 近年、世界各国の伝統医学の国際化が進んでおり、中国を源流とする東アジアの伝統医学(東洋医学)、特に日本の漢方医学、韓国の韓医学と台湾の伝統医学はそれぞれの国で独自の進化をしながら、国際化に向かっています。
 一方、近代の中国中医学も進展し、体系化され、高度な理論・実践医学になっています。特にこの十数年来、中国の経済的、政治的地位の向上に伴って、中国政府は国家戦略として中医学の更なる発展と世界普及へ積極的に動いています。中国中医学の基本理論、用語、疾病分類等が東洋医学の国際スタンダードになりつつあります。確かに、近年中国中医学の邁進で東洋医学は欧米で高い評価を得ています。しかし、中国中医学の基準が東洋医学の国際スタンダードになることに対して、日本をはじめ、アジアの各国は自国の伝統医学が衰退していくのではないかという危機感を持っています。というわけで、この十数年来、日本東洋医学会を中心に、日本漢方の特徴とアイデンティティーをもっと見直して、世界にアピールしていく活動をしてきました。このようないきさつがあって、今回のシンポジウムを開催する運びとなりました。


二、国際シンポジウム「世界から見た日本漢方」

 国際シンポジウムの要約を述べます。前半はスペインのEberhard博士(ドイツ、医師対象の鍼灸協会の鍼灸・漢方講師)、ドイツのReissenweber博士(ドイツ、ミューリッヒ大学日本漢方研究所講師)、イギリスのDe Soriano先生(イギリス漢方協会会長)、アメリカのPlotnikoff博士(アメリカ、ミネソタ大学准教授)の発表です。この四人の先生とも、数年に渡り日本に滞在し、日本漢方だけではなく、日本文化、言語にも精通しています。欧米各国で日本漢方がどの程度認識され、どう受け止められ、実用に供されているかを紹介し、日本漢方を欧米に普及させるために解決すべき問題点を示しました。
 後半は中国南京中医薬大学のファン教授(京都大学、順天堂大学に留学、博士号を取得)、韓国慶煕大学のミン教授(九州大学に留学、博士号を取得)と筆者の発表です。ファン教授は中国中医学の観点から見た日本漢方医学の利点と欠点について述べました。『傷寒論』を中心とした日本漢方医学の発展のために、これから日中間の伝統医学界の更なる交流と共同研究が重要であると主張しました。次にミン教授(慶煕大学医学部の副部長、東西医学部門のセンター長)は日本漢方医学と韓医学の相違点を述べました。特に近年PubMed website上の、両国の鍼灸学に関する論文の本数、研究分野、手法などを分析してまとめました。


三、台湾から見た日本漢方医学

シンポジウムの最後に、私がこの十数年来見てきた台湾伝統医学の発展を検討しながら、日本漢方医学の光と影について発表しました。ここでは、その中の要点を述べます。

1.台湾伝統医学の変遷
1)日本の領有以前(16世紀から1894年):中国からの移住者に伴って、中国伝統医学が流入し、台湾医学の主流となりました。2)日本の領有時代(1895年から1945年):日本政府は台北帝大医学部を設立し、西洋医学の発展に尽力。一方、伝統医学は衰退しました。3)国民政府時代以降(1945年以後):台湾政府は、西洋医師と中医師の両者の資格を認め、中医師が増加。1995年、国民皆保険制度が導入され、中医医療もそこに含まれ、伝統医学の需要も高まっています。2009年現在、中医師養成大学は2校、西洋医師養成大学は11校あります。

2.台湾伝統医学の現状
1)台湾中医師の現状:2008年7月の時点で台湾中医師数は5,061人で全医師数の12.1%を占め、人口10万人に22人となっています。全国3169ヵ所の中医医療施設で活躍しています。
2)台湾中医健保医療の現状:台湾中医健保医療は混合診療制度を採用。中薬エキス剤は保険扱いで、煎じ薬は自費となっています。2008年6月の台湾中医医療機関経営統計によると、92.5%が健保で、7.5%が自費となっています。2008年台湾中医健保予算総額は185億台湾元で、医療総額の4.33%を占めます。

3.台湾伝統医学の特徴
台湾伝統医学は陰陽五行説、病因・病機を重視し、診断は弁証論治と脈診が中心であります。投与薬剤は今まで煎じ薬が中心でしたが、健保診療の影響で、最近はエキス剤中心(300種類以上)となっています。薬方は『傷寒論』、『金匱要略』によるもののみならず、後世方、温熱病などの薬方も含まれています。

4.台湾伝統医学発展のための問題点
1)中西医学専攻コース(8年制)の学習内容が多すぎ、中医学と西洋医学の両者を充分に習得しきれないケースもある。2)中医師・西洋医師両資格を持っても、健保診療ではどちらかを選択する制限がある。3)台湾伝統医学の客観的な基礎的・臨床的データ不足。4)台湾中薬エキス剤の品質の管理と薬効の維持に懸念等となっています。

5.台湾伝統医学の視点から見た日本漢方医学

1)台湾の中医師から見た日本漢方医学
350名の台湾中医師にアンケートを行い、回収率は78%でした。
<1>日本漢方医学について:a.よく認識30.4%b.認識56.4%、c.やや認識9.2%、d.ほとんど無し4%。
<2>日本漢方医学では、漢方薬方の運用だけでなく薬味の薬理研究も含まれることについて:a.よく認識17.2%b.認識64.8%、c.やや認識8.8%、d.ほとんど無し9.2%。
<3>日本漢方医学の文献や著書を参考にした経験の有無:aよく有る5.1%、b有る53.2%、c時々有る22.4%、d無し19.2%。このアンケートから見ると、多くの台湾中医師は日本漢方に対し、高い認識と関心を持っています。
2)台湾から見た日本漢方医学の優位点
<1>漢方生薬学の構築と発展。<2>漢方エキス剤の品質と改良。<3>漢方医学における弁証理論と薬方証の構築。<4>漢方医学におけるEBMの構築。<5>漢方医学と西洋医学の併用治療と先端的医療検査の応用。<6>漢方専門医・指導医システムの構築などが挙げられています。
特に漢方医学におけるEBMの構築については、台湾から高い評価を受けています。
3)次に台湾から見た日本漢方医学の問題点です。
<1>漢方医師育成専門の教育施設と病院が完備していない。<2>よく用いられている漢方薬方が『傷寒論』、『金匱要略』に偏っている。<3>固有薬方の臨床応用は得意であるが、薬方中の構成生薬の薬性・薬効の理解が不足している。<4>新しい薬方の創生力が不足している。<5>日本漢方医学における「方証相対」の限界などが挙げられています。

6.日本漢方医学に対する私からの提言
 最後に僭越ながら、日本の一漢方専門医・指導医として、私の方から日本漢方医学に対する提言をさせていただきます。
1)『傷寒論』を中心とした漢方治療の原則である「随証治療」の再認識と工夫を図る。
2)日本漢方医学の特徴である「方証相対」の限界を知り、更なる工夫をして発展を目指す。
3)日本を中心とする「漢方エキス剤学」の構築。
4)漢方医学・西洋医学の併用治療の発展。
5)日本漢方が理想とする、真の「東西医学結合医療」への到達。


結び

今後、日本漢方医学の更なる発展のためには、世界各国の伝統医学の長所を取り入れ、外から見た日本漢方医学の不十分な点を改善していくことが重要です。
西洋医学と漢方医学の併用治療が保険診療で認可されている日本漢方の利点を生かして、西洋医学的観点と漢方医学的観点を有機的に結合させ、患者に最も良い治療法を提供することで、真の東西医学結合医療の発展を目指しましょう。

(市川市医師会会報126夏季号2009)