最近の中国中医薬事情

緒言

 二十数年前より機会を得て、中国中医学界と交流してきました。特に2007年広州中医薬大学の客員教授を兼任してからは、交流を深め、外から見るだけではなく、内情も少し見えるようになりました。今回、広州中医薬大学を例にとり、中国中医薬事情を二、三述べていきます。

一、中国中医病院の現状

 現在中国では、北京、上海等の特区以外、私立の診療所はなく、患者は総合病院や大学病院等の大型病院に集中しています。20世紀に入り、中華民国の時代の中国でも西洋医学が導入され、中医学が衰退してきました。以後中華人民共和国に移り、政府は中医学を復活させる政策をとり、各都市に立派な中医病院が設立されました。最近の統計によると、今中国では中医病院の総数は3000ヶ所あまり、総ベッド数は31万床以上あり、民衆に良質の医療を提供しています。広州中医薬大学にも四つの附属病院があり、総ベッド数は7000床あります。その第二附属病院「広東省中医病院」の一日の外来数は12000人と中国全国で最多です。2003年中国でのSARS流行の際、この病院の中医師と西洋医師が協力し、最初から中医学的治療方針を取り入れた対処をした結果、被害を最小限に食い止めることができ、世界から注目を浴びました。広州中医薬大学は中医師養成大学ですが、附属大学病院は、中医学をメインにしている中西結合型の近代化総合病院です。西洋医学的な最先端の検査・診断機器、医療施設を揃えています。勿論、中医師の他に西洋医師、中西医師も多く配属されています。教授の大部分は40代で、博士号を取得し、海外留学組も含まれています。

 中国は社会主義の国ですが、現時点では、国民皆保険制度がありません。食品や交通費に比べて、医療費は格段に高く、庶民にとって大きな負担となります。勿論、公務員用の公費医療制度、企業の職員や家族用の労働保険医療制度、及び農民用の農村合作医療制度がありますが、保険によっては多額の自己負担が生じます。大学病院は国立ですが、経営の自由度が高いです。教授や主任医師の診療費やVIP病室を高く設定したり、先端の診断機器(CT、MRIなど)を用いて検査したりして、診療報酬の増加を図っています。現在の中国では、資本主義の国と同様に富裕層がよりよい医療サービスを受けられるのが現状です。

二、大学病院の中医内科外来・入院

 約二十年前、ある中医薬大学病院の中医内科外来を見学しました。担当の老中医は一日に十数人の患者しか診察していません。一人一人の患者に対し、西洋的医学的検査に頼らず、伝統的四診(望、聞、問、切)に基づいて弁証論治で新しい薬方を作り、治療していました。
  
 一方、最近の広州中医薬大学の若い教授は一日50人以上の患者を診察しているようです。教授は最先端の西洋医学的検査・診断機器を使って診断し、中医医学の随証治療に基づいて、電子カルテの中にある『傷寒・金匱』などの経方を参考にし、加減して薬方を作り、治療しています。時代の変化に驚くばかりです。

 続いて現在の広州中医薬大学の中医内科入院病棟について述べます。そこでは多くの患者に対し、伝統中医医学の病因論に基づく弁証論治で治療し、高い治療効果をあげています。同時に多くの患者に点滴をし、西洋医学に基づく抗菌剤や抗癌剤等を併用しています。昨年流行の新型インフルエンザの症例に対しても、中医学的治療を行うと同時に抗ウイルス薬や抗菌剤などの西洋薬も併用して、高い治療効果を得ました。中国の最先端の中医薬大学病院の多くは、このような中西結合医療を行っています。

三、広州中医薬大学病院の薬剤部

 広州中医薬大学は数年前広州南部の郊外に第四附属病院を新設しました。斬新な中西結合型の中医病院であります。その中の薬剤部中薬部門を見学しました。広いスペースに数百種類の生薬をそろえています。以前中国の老中医は生薬の選別や修治について深い知識を持ち、薬剤師に対し、生薬の選別や調剤を一つ一つ指示していたようです。一方、現在では分業が徹底され、若い教授は生薬の選別や修治を中薬薬剤師に任せているようです。

四、中国中医薬の特色と問題点

1)薬方の中で用いる生薬の種類:日本では300〜400種類ありますが、中国では3000種類もあると言われています。広州の市内には中国四大中薬材市場の一つである、清平中薬材集中市場があり、広州中医薬大学の中医師は普段から良質且つ多種類の生薬を手に入れて、良好な臨床効果をあげています。

2)薬方の中で用いる生薬の分量:これは日中漢方界長年の論争のテーマです。一般的に中国では、日本に比べ数倍から数十倍使用しているようです。特に附子(トリカブトの塊根、強毒性のアコニチン含有)については、日本では一般的に1.5〜6グラムを用いますが、中国では10〜30グラムも使用すると聞き、驚きました。勿論、両国で使用している附子の修治処理が異なり、アコニチンの含有量も違うため、一概にグラム数だけでは比較できません。しかし、中国では附子だけではなく、他の生薬の煎じ方も注意深く指示するため、あまり副作用はないようです。

3)中国産生薬の諸問題:近年特に東アジア中心に中国産生薬の使用量が年々増加するにつれて、資源枯渇、重金属や農薬の含有量などが問題とされるようになりました。資源枯渇の例としては、中国の野生種生薬、特に甘草の取り過ぎが挙げられます。その結果、中国の砂漠化が進み黄砂の一因にまでなっています。これらの問題については中国政府による野生種生薬の採取制限、野生種生薬から栽培種への転換の栽培促進、生薬の品質管理の強化などで、問題は改善しつつあります。

 漢方生薬の大部分を中国から輸入している現在、日本は以上の諸問題について、今後中国と更に検討すべきではないでしょうか。今年2月広州中医大学の徐志偉学長と王洪g学部長は私の紹介で千葉大学和漢診療学講座を訪問しました。EBMに基づき、且つ中西医学の両者のよいところを取り入れた日本の漢方治療方針が中国側の高い評価を得ました。千葉大学薬剤部の漢方生薬調剤室を見学した際、換気や湿度などの管理と調剤機器について賛辞を受けました。更に生薬の質、例えば、小建中湯の中の膠胎、黄土湯の中の黄土の質の高さを称賛されました。日本の生薬と漢方製剤の品質管理・成分分析・標準化は、中国よりも遥かに進んでいるようです。

五、広州中医薬大学の国際交流

 広州中医薬大学の学生数は2万人余りおり、そのうち1400名は留学生です。勿論、大部分は香港、マカオと台湾からですが、欧州、カナダと米国もかなり含まれています。また、大学が積極的に各国の大学と提携しています。現在広州中医薬大学の学位は欧州、カナダ、米国の数カ国で認定されているそうです。留学生も毎年増加するなど、広州中医薬大学の積極的な姿勢が伺われます。

むすび

 最近の中国の中医薬事情について述べてきました。中国中医学の更なる発展とその世界普及のため、また漢方薬、生薬、鍼灸などで海外市場でのシェアを伸ばすため、国を挙げて中医学の発展に努力している姿勢を肌で感じました。同様に、隣国の日本でも、伝統を持ち、特色もある日本漢方医学を今後どのように発展させていくか、今以上に真剣に考えなければならない時期に来ているのではないでしょうか。

「市川市医師会会報平成22年秋季号」