太極拳とは

私は、数年前から太極拳を習い始めたばかりで、経験が浅い。しかし、最近、歳をとるにつれて太極拳に対する熱情と少しばかりの悟りを覚えるようになったので、ここで、私なりの太極拳に対する考えを述べてみる。

1.太極拳の歴史

 太極拳には、3百年以上の歴史があるといわれている。更にさかのぼれば前漢初期のものといわれている。馬王堆・三号墓(紀元前168年)で発掘された「導引図」(各種の運動の姿勢が描かれた帛画)と後漢の華佗(西暦112〜207年)が編み出した五禽戯(虎、鹿、熊、猿、鳥の真似をした武術〉にも、太極拳の動きの原形があるとされている。太極拳は、道教、仏教、儒教、中国医学および中国武術などのコンセンサスが渾然一体となって作られたものといわれている。

 伝説的太極拳の創始者は、宋の張三峯といわれている。彼は、最初、河南省嵩山の少林寺で少林寺拳法を修学した後、湖北省の武當山で自己習練を積んでいた。ある日、庭先で、鶴と蛇の決闘場面を目撃した。その時、鶴は羽を広げて旋回しながら円形の動きをとり、蛇は尾を首の動きに合わせて、攻防した。彼は、その時の鶴の飛翔する姿と蛇の動く形から柔が剛を制し、静が動を制する原理を悟り、その後、太極拳を編み出したと伝えられている。

 しかし、歴史的近代太極拳の創始者は、河南出身の陳玉廷である。彼は、明末の武将で、道教の吐納術(呼吸法)と導引術(曲伸法)、更に中国医学の経絡説を取り入れて太極拳を生み出した。その後、陳家子孫代々に太極拳が受け継がれて発展し、有名な「陳式太極拳」となった。

 19世紀末から20世紀初めにかけて「陳式太極拳」は、多くの弟子に改良され、以後、「李式」、「孫式」、「楊式」、「呉式」など多くの流派が出現した。現在、中国で広く普及している「24式簡化太極拳」は、古式の「楊式太極拳」を基にしてまとめたものである。

2.太極拳の基本思想

 太極拳の名の由来は、中国古代の《易経》の高度な哲学思想が入っているので、簡単に説明することはできない。《易経・繋辞伝》には、「易有太極,是生両儀」、「一陰一陽之謂道」とある。太極とは、天地創造、混沌としている元気のことで、至高、至極、絶対、唯一の意味である。太極が両極(陰陽)を生み、一陰一陽、これを道という。

 また、《太極図説》には「無極而太極,太極動而生陽,動極而静,静而生陰」とあり、無極から太極となり、太極が動き陽を生じ、動き極まり静となり、静より陰を生じる。陰陽は、物事の発展・変化を促す動力でもある。即ち、太極は、宇宙空間の万物の生命の源である。太極図の含意に「渾円一体・陰陽合抱」と示され、太極拳の動作は宇宙の陰陽の相対消長の現象と一致し、各技法は円のようにまろやか に動き、虚と実があり、動の中に静を求め、剛と柔は互いに助けあい、宇宙と同様、永遠に生成を繰り返すというのが、太極拳の基本思想である。

3.太極拳の効用

 中国医学の陰陽五行学説の立場からみると人間には絶対的健康は存在しない。人間の体内にはいつもどこかに陰陽のアンバランスが生じて、これが万病の基になっている。太極拳は意識、呼吸、動作を一つにする運動であり、太極拳の稽古を通じて、調身、調息、調心をし、体内の陰陽アンバランスをうまく正してくれる。太極拳の効用としては、養神・益気・固腎・健脾・通経絡・行気血・強筋骨・利関節などがあげられている。

 日本で著名な気功太極道師家の揚名時教授の調査(《健康太極拳》海竜社)によると、太極拳は高血圧・喘息・腰痛などに目立った改善効果があり、また、慢性胃炎・慢性腸炎・慢性気管支炎・動脈硬化・不眠・便秘などにも効果があり、更に虚血性心疾患のリハビリテーションとしても有用だとしている。

4.私と太極拳の出会い

 私が太極拳と出会ったのは、今から40数年前である。私は、台湾の台中県に生まれ、小さい頃早朝に父と公園を散歩すると、太極拳をしている人々をよく見かけた。私は、呼吸に合わせて、ゆっくりとまろやかに体を動かす姿を、鶴が舞うように美しいと感じた。小学校4年生の時には、2か月ほど興味本位で太極拳を習った。

 しかし、本格的に太極拳を習い始めたのは8年前からで、天津中医学院出身の中国の先生について個人レッスンを受けた。先生は、伝統の「陳式太極拳」を第1式(予備式)、第2式(金剛搗碓)から第83式(収勢)まで、手取り足取りで、約4年間教えてくれた。初めは、幼少の頃に少林寺拳法師範の父から少し習った少林寺拳法の影響で「動作」・「技法」・「型」にとらわれ、なかなか太極拳をマスターすることができなかった。

 その後、太極拳は、少林寺拳法とは違い「技」よりも「気」の鍛練が大事であることがわかった。即ち、動作・技法を通して姿勢調節(調身)をし、呼吸の整えを通して呼吸鍛練(調息)をし、意念集中を通して心身のリラックス(調心)を作り、最終的に体内の「気」を練るのである。太極拳では、基礎をしっかり学ばなければ、上達することができない。

 4年前、先生の都合で個人レッスンを止め、自己習練に入った。太極拳を習うにつれ、太極拳の深さを次第に感じるようになった。現時点では、私は、太極拳に対する修行が未熟であるが、太極拳の稽古をするにあたり、以下の3つの要点をまとめてみた。参考にしていただければ、幸いである。

1)中正回転・体要鬆(背中をまっすのばし、円のようにまろやかに動かし、全身をリラックスさせる)

2)意為統帥・気要固(意念を用いて全心全霊を統一し、気を固める)

3)分清虚実・神要凝(虚実をはっきりさせ、重心移動を明確にし、精神を集中する)

以上、私の体験談を含めて太極拳について述べてきた。今後も、太極拳を通して、健康な人生を求めていきたいと願っている。

(市川市医師会会報 第95号より)